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鳥井守幸のメディア日記

鳥井守幸(とりい・もりゆき)
ジャーナリスト。 本校前校長。
元毎日新聞論説委員、元「サンデー毎日」編集長。


鳥井守幸のメディア日記【5】   (2004/10/12)

スタジオでイチロータイプのバット、スパイクを手にして
“大記録の秘密”を味わった!!

10月×日
 私が毎週火曜日にコメンテーターをしている日本テレビ「ザ・ワイド」。このところ、北朝鮮、拉致関連、犯罪、主婦向け企画ものが“定番”になっているが、これにイチローが加わった。

  米大リーグで84年ぶりの年間安打新記録(262安打)、これはもはや国民的話題だから当然だろう。

  この日、スタジオの私の目の前に、大記録を支えたイチローの“武器”といえるバットとスパイクと同型のものが持ち込まれた。ミズノの名人、久保田五十一さん(61歳)が作る「イチローモデル」のバットの特徴は、ヘッドの部分が直径60.5ミリの極細であることだ。普通、短打を狙う打者はヘッドの太いタイプを選んでミート率を上げようとするとのことだが、イチローはその逆である。

  極細だと、よほど芯の部分で捉えないと前に飛ばないものだが、天才的なイチローは、これこそが一番の“武器”で、難しい球はこれでファウルで逃げ、どんな球種でもストライクゾーンなら巧みにヒットにしてしまう。私は以前、外国人プロ選手のバットを手にしたことがあるが、実際、スタジオで手にしてみるとはるかに軽く、細い。米国のメディアが、“魔法の杖”と呼んでいるのが、わかる気がした。

  スパイクはアシックス製、片方で280グラム。りんご1個の重さが350グラムというからそれよりはるかに軽い。イチローは、米国の球場の堅い土対策として「土のつかみをよくする」タイプを特注していた。ここに内野安打と盗塁を生む快速の秘密がある。耐久性は低く、5〜6試合に一足ははきつぶしてしまうのだそうだ。

  マリナーズのモリター打撃コーチが「イチローはバット、グラブ、スパイクといった商売道具をことのほか大切にする」と感心していることを新聞のコメントで知った。彼は試合後、必ずグラブ、スパイクの手入れを欠かさないし、バットを放り投げることは一切ない。なるほど、才能、努力のほかに、用具へのこだわリが、あの大記録を生んだ秘密でもあったのだ。



84年前、日本に
米職業野球団が来ていた!!


10月×日  TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」はこの日、はじめから「朝の事件簿」でなく「朝の野球簿」と銘打ってのスタートだ。ここでもイチローとライブドア、楽天の話であっという間に15分間のタイムアウトだ。

  話をした中で、米大リーグでジョージ・シスラーが年間最多安打記録(257安打)を守りつづけてきた84年前はどんな年だったかだけを記しておこう。

  1920年(大正9年)、国際連合の前身である国際連盟が発足、米国では禁酒法施行、世界初の本格的なラジオ放送(ペンシルバニア州ピッツバーグ)開始、大リーグではベーブ・ルースがレッドソックスからヤンキーズへ移籍、ホームラン王の道を歩き始めた。

  日本では、米騒動の翌年で各地でストライキ続発、東京市電の3ヶ月の長期スト、八幡製鉄のストでは、「溶鉱炉の火は消えたり」の名文句が有名になった。わが国初のメーデーが行なわれ、社会主義者の大杉栄、堺利彦らが活躍、東京ではバスガールが誕生した。

  野球では米国職業野球団「オール・アメリカン・ナショナル・チーム」が来日している。名前を聞くと「全米」のア・リーグ、ナ・リーグ代表チームと思われるが、実際は大リーガーはわずか2人、あとはコーストリーグ(3A)の選手たちだった。当時、日本にプロ野球は存在せず、相手をしたのは東京4大学(早、慶、明、法)チームだが、まったく歯が立たず、米国チームが5戦5勝と、スコアーも大差で圧勝している。84年という歳月がいかに長く、大へんな記録であることがこの歴史を見ればわかる。



米大統領候補のテレビ討論、今回も
“政治とメディア”の教科書として語られる。

10月×日
 米大統領候補によるテレビ討論は“政治とメディア”を語るうえでの“教科書”である。

  政治のメディア利用はラジオの時代に始まり、テレビ時代を迎えて、さらに巧妙になった。有権者、国民の心をどうつかむか、演説の内容よりも、その演出法に候補者たちはしのぎを削るのだ。

  伝説的に語り継がれているのは、1960年のケネディ(民主党)とニクソン(共和党)のテレビ討論である。テレビが生む擬似イベントと定義づけたブーアスティンが著書「幻影の時代」でその時のテレビ討論をこう書いている。

  「『偉大な討論』は、政治家とニュース製造家たちとの混乱した合作だった。大衆の関心は、照明、メイクアップ、討論の規則、メモ使用の是非といった擬似イベントに集中した。大衆の関心は番組で実際に語られた内容よりも、演技そのものに注がれた」「ニクソンはテレビの上での重大なハンディキャップに悩まされた。それは生まれつきの皮膚の白さだった。ニクソンはひげ剃りクリームを塗って出演したが、効果はなかった。ニクソンはやつれて顎ひげを生やしているように見えた。これと対照的にケネディは元気で、ひげも剃りたてに見えた」

  30代のケネディと敗北した50代のニクソン、テレビの上での容貌のハンディキャップ。しゃべった内容よりも、これがモノをいうのがテレビの怖さなのだ。

  あれから44年、9月30日(米国時間)のブッシュ大統領とケリー上院議員の第1回テレビ討論でも同じようにテレビ演出上の戦いがくり拡げられた。私は「政治とテレビ」の“教科書”としてCNNテレビにくぎづけになった。

  両候補の陣営は事前に32ページにわたる合意書を交わしている。ケリー候補が背が高いが同じくらいにテレビに映るよう足元の台の高さを調整する、一方が弁論中はもう一方の表情は映さない、片方が汗っかきなので室内の温度をうまく調節するなどの内容であった。

  合意書の一部は守られず、例えば一方がしゃべっている間、他方の表情もテレビで流してしまった。

  ブッシュ大統領がケリー氏の発言中にいら立ったり、演壇の下からコップを出して水を飲む場面が放映された。ブッシュ大統領が苦笑いしたり、ケリー発言に乱暴に割り込んだりもした。

  この第1回テレビ討論の米国のマスメディアによる判定結果はいずれもケリー氏に軍配をあげている。ケリー氏はブッシュ大統領の発言中も笑顔で聞き入り、しきりにメモをとって真剣さをアピール。

  ブッシュ大統領の仕草は「にやけ」「ごう慢」「いら立ち」に映ったという判定である。ブッシュ大統領の青のネクタイは現状維持、守りに映り、ケリー氏の赤ネクタイは活動的、攻撃的に映って、その評価も影響したことだろう。

  各メディアの評価は、CNNテレビ53%−37%、CBSテレビ44%−26%、ABCテレビ45%−36%、といずれもケリー氏の勝ちと報じている。むろん、討論のテーマとなったイラク戦争、対テロ、北朝鮮対策の内容もあっただろうが、それ以外のテレビ効果がその優劣を生み、その後の米国メディアによる支持率調査結果、例えばニューズウィーク誌電子版のケリー支持47%、ブッシュ大統領45%という“逆転リード”につながったのは明らかだろう。第1回テレビ討論の時間は90分間、全米テレビ中継視聴者は6千万人以上、今回もまた「テレビと政治」を考える材料を提供したことになる。

  第2回討論(10月8日)では、第1回で「落ち着きのなさ」を見せたブッシュ大統領の「まばたき回数」(1分間平均)が109回から23回に激減、これも演出家による“テレビ効果”だろう。代りに新しく、ブッシュ大統領の背広の背中のふくらみが「無線受伝機による参謀の助言」疑惑として浮上した。残るテレビ討論はもう1回、二人はどんな“テレビ演出術”を見せてくれるだろうか。
 

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